「奨学金」を借りて大学に進学するべきか、高卒で就職してしまおうか悩んでいる君へ~お金がなくて大学を中退した僕からの一方的な提言~

非常に偉そうな話をします。

それも一方的に。

ただし、<将来の夢のある人間を陥れよう>とか、
<若い芽をつんでやろう>とか、考えているわけではありません。

また、やる気のある人間の心を折ろう!とかでもありません。

<自ら傷つこうとしている人>に対して
<ヤバい状態>になってしまった人間を、たくさん見てきた人間として
何より<自分自身ヤバい人間>としてできる、アドバイスを勝手に贈ります。

あまり真に受けず、1つの意見として、聞いて欲しいと思います。

現在18歳以下で、将来のことや、進路について悩んでいる
それも「お金」に関する問題で、悩みがある人に読んでもらえればと。

特に「家を出る」「一人暮らしをする」という人は、真剣に考えて欲しい。

もしかしたら、君が今持っている
その「やる気」や「漠然とした希望」が

自分の人生を、台無しにしてしてしまうかもしれない。

結論から言えば、

借金して勉強をするくらいなら、働いてお金を貰おう。

「リスク」と「レバレッジ」と「リターン」と
「目先の金」と「将来のへの希望」を、現実的に整理しよう。

この2つの点について、社会経験がないなりに、
想像力を駆使して、以下の読みづらい記事を読んで欲しいと思う。

本当に偉そうで恐縮です。

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「奨学金」を検討している時点で勉強には向いていない

その歳で、その時期に、お金について悩むということは
ほとんどの場合が「学費」に関するものだと思われます。

おそらく、「高等教育機関の学費を用意できない家庭の子供」なのでしょう。

高校を卒業した後の、教育機関への進学するの際の
<学費を誰が払うのか>ということに関する感覚・現実は
「育ってきた環境」に、大きく影響を受けることになります。

  • 親が出して当たり前
  • 親にお願いして出してもらう
  • 自分で用意せざるを得ない
  • そもそも自分で出すべき

<親が出して当たり前>という、文化・家庭で育った人は非常に幸せです。

とは言っても、

従来では「それが、まあ、普通でしょ」という家庭も多かったはずです。

しかしながら、家庭ごとに事情はあるとは言え
「奨学金」という制度を利用して、進学する・してしまった人に関して
最近になって、やっと社会問題となってきているようです。

まず、親を責めてもどうにもなりません。

状況自体は、諦めましょう。

またここでは、

  • 返せるのであれば借りてもよい
  • 返せないなら借りるな
  • 制度自体に問題がある

という一般的な議論は、とりあえず置いておきます。

借りてしまったものは、もう仕方がありません。

現在社会問題として、ちらほら聞こえてくる内容というのは
結局は、<返せない>という「結果」が目立ち始めたからであり
<問題の種>に関しては、今問題となっている時点の、はるか前に芽生えていました。

具体的に、奨学金がらみの問題とは

  • 返せなくて滞納している(貸した側が回収できない面も)
  • 借りたのに、就職できなかった(就労という結果なしでは、返済できない)
  • まともな会社に就職できなかった(投資以上のリターンを得られない)
  • 奨学金を返すために、不本意な仕事(風俗業等)で働いていたりする(何のために、借金をしてまで勉強したのか?)

といったことが、主な例と言えます。

現在、問題の対象になっている人というのは
10~20年前に借りた人であり、今後ますます状況は悪くなっていくはずです。

「滞納問題」は、間違いなくもっと増えます。

<返すためのハードル>は、更に上がっていくことは間違いないです。

今現在、検討している君たちの中にも
<返したくても返せない人>になる人が、間違いなく大勢います。

それは賃金は低下しているにも関わらず、学費は高騰しているためであり
「就職すれば、簡単に返せるはず」と言っている人達が
借りていた時代とは、状況は異なります。

借金してまでして通う価値のない場所に借金をして通ってしまった

という、「愚かな選択の結果」を招きやすい状況です。

時間とお金を無駄にして、更に人生の可能性を狭めてしまう行為

とも言えます。

奨学金は割に合わない時代

まず、<奨学金を借りて短大に行く>というのは論外です。

もう、バカです。

そういった人は、短大に行こうが、行くまいが、
これからの時代に、まともな仕事をして生きていくことはできないはずです。

また「専門学校」は、ちょっと微妙です。

「資格」が必要な職業で、資格の取得もセットになっている
尚且つ「就職」の保証率が高いのであれば、アリかもしれません。

また「大学院」に関しても、「その先」が具体的であればアリかもしれませんが
非常に「ギャンブル性」が高いと言えるはずです。

ポスドク問題も、奨学金問題に大きく関わるはずです。

大学(高校以上)への進学は<いいとこに就職する>ことが、最大の目的であり
「奨学金」をレバレッジと考え、「就職先」はリターンになります。

しかしながら、現在は「奨学金を借りて大学に行く」ということが
<割に合わない時代>になっていると言え
「借りてまで行くべきでない」最も大きな理由と言えます。

大学・大学院(専門学校)に行きたいけど、経済面で厳しい・親に頼れない
だから「借りて通おうかな」という思っている人は、どうか慎重に考え直して欲しい。

おそらく、「自分はリターンを得ることができる」と考えていると思う。

そんな簡単に、計画通りにはいかない。

そもそも、君には「学ぶ才能」がない。

「才能」というのは、「家庭環境」も含むものだから。



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「学びたい」なら絶対にやめておけ

「メチャクチャひねくれた意見だな、コイツ」

「自分が卒業できなかった、やっかみだろ」

と思った人は多いと思いますが、
才能というのは、「人よりうまくできる」というものではなく
<そのために努力できる環境が用意されているか>も含みます。

いくら素晴らしい動体視力や、強い肩を持っていたとしても
シエラレオネや、シリアで生まれたら、メジャーリーガーを目指すより
他にやること・やるべきことがあるはずであり、野球の練習はできません。

そうなると、プロになるほどには、うまくならないでしょう。

それは、才能がなかった、ということです。

話が脱線している、と思うかもしれませんが
「その状況で意味のあること」をしないことには、お金は稼げないということです。

野球をしないで、別のことをすれば
自分も、家族も幸せになれる可能性が高く
それはそれで、結果オーライとい言えます。

そして大学に行くことの、最終的な意味とは、
「大学を卒業している」とことが、メリットとなる機関で働き
<行かなかった場合>よりも、お金を稼げるようになることです。

「学んだ内容」とか「学んだ経験」自体には、価値はないです。

あくまで「認めてもらった結果としての就職・高い賃金」が重要なのです。

「勉強したい」から、大学に進学しようという人は
親がお金を出してくれるのであれば、いいかもしれませんが
<奨学金という借金>で行くなら、絶対にやめた方がいい。

そんな感覚の人間は、絶対に投資(学費)を回収できません。

奨学金を借りてまで、大学に進学したにも関わらず
まともなお金の稼げる・まともな会社に就職できる人は、明らかに減っています。

昔は、どうにか苦労すれば簡単に返せる、という状況だったのかもしれません。

でも現在は、本当は大分前から、そんな時代ではないです。

僕は、性風俗に関わる仕事をしたこともありますが
「奨学金の返済のために働いている」という女性は、年々明らかに増えています。

特に女性の場合は「最悪の場合、自分も同じことができる」か真剣に考えましょう。

ちなみに、男性の場合はもっと悲惨です。

女性に比べて、「売るもの」がないからです。

本当に「うしじまくん」みたいな世界は存在します。

「夢」があるなら挑戦する価値はある

ただし、「夢」や「やりたいこと」があるから
大学で学びたい、という人は、ぜひ挑戦すればいいと思います。

就職とか、将来的な賃金とか、関係がないなら
「絶対に返せる」という前提で、挑戦すべきです。

もちろん、覚悟が必要なことは言うまでもありません。

ただし、夢がないなら絶対に借りるべきではない。

<なんとなく大学に行く>という人にとっての
最高のハッピーエンドは、「なんとなく就職できた」です。

で、そんな人は<奨学金を返せるほどの賃金>が
保証された会社には、就職できない可能性が高いです。

<旅行に行くための借金以下>でしょう。

旅行に行けば、「思い出」は残ります。

「大学生活も思い出」という意見もあるかもしれません。

しかし、<思い出を残すために借金をする>のは
学ぶために借金をするよりも、悪質と言えるはずです。

もう一度言う、「借りる時点で才能がない」

奨学金には、「給付型」「貸与型」また「無利子」といった
様々な種類があり、条件が大きく異なります。

「もらえるやつ・返す必要のない」ものであれば
ぜひもらって、しっかり勉強してください。

チャンスを活かしてください。

ただし、「有利子」の「住宅ローン以上」のやつ
そんなものを貰わないと進学できないのであれば
それは、やっぱり「学ぶ才能」がない。

ただし、借金とはやや異なる奨学金言うべき
働きながら通う「新聞奨学生」といったもの選択肢の1つです。

そういったものは、検討する価値がある。

要は<残る借金>は、割に合わないということ。



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別の方法で下剋上を狙え!

ここで、「中二病」を全開にする。

日本は「封建社会」です。

この事実は、過去も未来も変わらないが
今、非常に<分かりやすい時代>と言えると思う。

君のお父さんは、平民かもしれないけど
君の世代は、その身分の相対的な価値が下がっている。

  • 親に学費を出してもらえる人
  • 奨学金を借りて通うおうとしている人

両者には、決定的に「身分の差」ができてしまった。

昔はこの比較に、身分の差は関係がなかったかもしれない。

でも、今はある。

もちろん、奨学金を借りて「うまくいった」人も多いです。

しかしそれは、「勘違い」の可能性もある。

封建社会では「上の身分」と、戦っても意味はない。

<チャンスは平等>と、思っているかもしれないけど
上の身分の人間は、君よりもはるかに楽をして、何倍もの利益を得ている。

<学ぶ才能がない>とか、ヒドイことを書いたけど
何の才能もない、とは言っていない

どうか、世の中を、大人を利用して、お金をかすめ取って欲しい。

「働きながら学ぶ」という選択肢を知って欲しい

これは、全ての職業に当てはまるわけではなく
あくまで自分の経験値からであり、誰の参考にもならないかもしれない。

借金して、就職するために、学ぶのであれば
お金をもらって、技術を与えてもらう方が、圧倒的に賢いはず。

僕の場合は、何とか金を工面して大学に入学したけれど
やはり途中から<どう考えても成り立たない>と言う状況になり
卒業できなければ、就職はできない、就職しなければ、意味がない、と考え
大学を中退して、「映像関係」の下働きを始めました。

大学を中退した次の月から、「新卒」と同じ給料をもらえ
お金をもらいながら<その仕事をするための技術>を学べたことは
確かに「ラッキー」かもしれませんが、就活とか卒業とかよりは楽だったはずです。

僕は大学を辞めて、本当によかったと思っています。

もし、頑張って卒業することができても
辞めなかった場合よりも、悲惨な人生を送っていたと思います。

経験していないことは、誰も断言できませんが。。。

<早く経験者になる>方が「大卒」より有利な場合も

「資格」が必要な仕事でも、その業界の下部組織の下積みから始めて
働きながら勉強して(実践が最も学ぶことがある)資格を取ってもいいはず。

よっぽど特殊な資格(医師免許等)でなければ
<資格の取得>自体には、資格は必要ないはずです。

「大卒」が条件となるのは、「就職」をする際であり
「新卒」よりも<もともと働いていた経験者>の方が有利です。

「転職」の場合は、新卒とは異なり「条件」を交渉することができます。

そういった意味でも、早く「職務経験者」になることが大切と言えます。

こういったことを書くと、

高卒・大学中退でも、就職はできるかもしれないけど、
「ちゃんとした会社」に入るのは無理だ、という人がいます。

この「ちゃんと」というのは、
「昇給」や「福利厚生」がある会社のことでしょう。

忘れてはならないのは、

たとえ、4年生の大学を就職したからと言って
給料が順調に上がっていく会社に就職できるとは、限らないということ。

その可能性が、極めて高い時代になっていること。

それこそが、「奨学金問題」の、最も重要なポイントであるはずです。

ちなみに・・・今僕が窮地にいるのは、大学中退は関係ありません。

いろいろな意味で、社会に出たら、即自己責任です。。。

「取り返しのつかない人生」より「後悔」の方がマシ

悲観的なことばかり書きましたが、当事者には「頑張れ!」としか言えません。

所詮、他人です。

たった10年くらい先輩なだけで、非常に偉そうなことを言いました。

ただし、人生は簡単に転げ落ちること
特に奨学金を検討するレベルの人は、本当に注意して欲しい。

「18歳で借金を背負う」というのは、なんだか残酷な気がします。

おそらく、普通は。

「親戚」とか、助けてくれる人はいないのかな?と。

いないのであれば、いずれ人生行き詰まる可能性が高いと言えます。

そういった面からも、「危ない属性」であることは確かです。

当たり前のことですが、奨学金は「借金」「ローン」と同じです。

「債権者」と呼ばれる、お金を回収する側の人間
それも「ビジネス」でやっている人間は、甘くないです。

君の家庭環境とか、築いてきたものとか、関係ない。

泣きながら風俗店で働いていようが、返してくれればどうでもいい。

「苦労して勉強する」こと自体に価値はなく、むしろ愚かなことです。

個人的には、お金の問題で大学を辞めようか悩んでいる人にぜひ読んで欲しい。

思い切って、あきらめれば見えてくる道もある。

最後に、

やらない後悔よりも、やって後悔した方がいい

というのは、非常に危険な言葉です。

取り返しのつかないことになってしまった人というのは
誰も見ないものであり、誰も知らないものです。

<成功した例>だけが、教訓になります。

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