人生において何の目標も計画性もないことの危険性について「その結末」を知る僕が警告したいと思う

「やりたいことがない」

そういった人というのは、珍しくはないはずです。

「そもそも<夢を持つべき>という考えがおかしい!」

「なんで、みんな毎日頑張っているのだろう?」

本気で不思議に思っている人にとっては
「夢」や「目標」というのは、理解不能なことと思います。

そういった人に対して、「かわいそうだな」と思うような
いわゆる「意識高い系」の人もいらっしゃるようですが
ご立派な目標なんて、ほとんどの人間が持っていないですよ。

毎日なんとなく仕事して、毎日なんとなくご飯を食べる
眠くなったら寝る、いちいち目標なんかに向かっている人はごく稀です。

しかし、こういったことが当たり前にできるのは幸せです。

<目標がない状況>でも生きていくことができるなら、何の問題もありません。

希望や目標というものがないことの最大のリスクとは、「計画性の欠如」であり
<どうにもならない未来>を招いてしまう、危険性のあるものになります。

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基本的には「持つ必要がない」もの

そもそも、日本で生まれて・日本で育った
一般的な人というのは、目標なんて持つ必要がないんですよね。

<なんとなく生きていく>ことができる状況では
努力とか夢とかの価値は、非常に低いものになります。

頑張らなくても、飢え死ぬことはないし

欲しいものは、最初からだいたいあるし

簡単に手に入れることができます。

「戦後」とか、「高度経済成長」とかであれば
エアコン・カラーテレビ・洗濯機を手に入れる

その後には、「ポケベルを携帯電話にする」といった
<レベルアップ感>が、日常だったわけじゃないですか?

生まれた時から、スマホがある状況では
もうこれ以上、何を手に入れればいいのか?となりますよ。

夢とか、目標とかなくなっちゃう人が出てくるのは当然です。

これは幸せなことと言えます。

目標がある人って、けっこう欲張りなんじゃないですかね?

「希望」は「計画」を作るもの

そういうことじゃないんだよ!

人生における目標だよ!

生きる意味だよ!

という、意識の高い声も聞こえてきそうです。

しかしながら、そういった<恵まれた人の話>はおいておきます。

そもそも、働く意味とは「お金」であり
「自己実現」とか言っちゃっている人というのは
本来の経済活動から遠ざかっている、天上人です。

おそらく、失礼を承知で言えば、
このブログを読んでくださる人には、関係のない人間です。

目標や夢といったものは、いわゆる「希望」と呼ばれるものですが
この希望によって生まれるものが「計画(計算)」になります。

  • いい大学に入って、いい会社に入りたいから、勉強をしよう
  • マイホームが欲しいから、貯金をしよう

これらを「いつまでに」「どれくらい」といった
内容を計画・実行することが、希望を持つメリットなのです。

しかしながら、冒頭で述べたとおり
別にそんなことを綿密に計算しなくても
普通に生きていける人というのがほとんどなのです。

希望という概念が、本当に必要なのは
「持たざる人間」という、非常に当たり前のことであり
発展途上国の国民を見れば、自然と納得できるものです。

しかしながら、先進国で希望を持てないことは
それはそれで、なかなか厄介なものになります。

意外にも、恵まれている国ほど「お金」に縛れることになるためです。

苦しい人ほど持つべきであるはずの希望

まず「将来への希望」がないことで、計画性が立てられなくなります。

いわゆる「投げやりな人生」を歩むことになりますが
特に<最初から何も持たない人間>にとっては、非常に危険なものです。

計画性がないことによって起きること

何しろ、まず「貯金」ができません。

そもそも「金銭感覚」といったものが、身についていないことも多いです。

何しろ「貯めてどうする」という、目的がありません。

そういった状態では、「あ、足りないや」となった際には
「借りる」という選択肢しかなく、その<心理的ハードル>自体が低いものになります。

「借金の危険性」以前に、<借りれるなら借りちゃえば?>志向なのです。

例として、「堕ちた人間」それが女性の場合は
「風俗業」といったものに、従事しているイメージがありますが
肉体的な負担・病気にリスクを考えれば、明らかに割に合わないものです。

一般的には「お金のためにそんなことはできない」女性が多いはずです。

しかしながら、風俗業といった方向に行く女性というのは
<目先の金のために仕方がなくやっている>のではなく
(もちろん、そのケースも含めて働いていることは十分に考えられます)
そもそも「先のことを考える習慣がない」という理由が非常に多いです。

持つべき人ほど持っていないジレンマ

不思議なもので、希望が必要な人こそ、希望を持っていません。

「希望を持てなくなるからこそ、希望が必要な人間になってしまう」

という、メチャクチャな矛盾があるためです。

「自堕落」という言葉は、余裕のある人間の言葉です。

<実家が太い>のであれば、何の問題もありません。

一生、適当に生きればいいと思います。

羨ましいです。

しかしながら、「気力がない」ことによって
いずれ弊害が現れそうな人というのは、ぜひ注意してください。

もちろん「希望を持つことができない人間」になってしまった
その理由は人それぞれであり、解決策も人それぞれです。

ただし、いずれにしても「先立つものは金」です。

やる気・気力・目標なんかがなくても
今現在、<なんらかの不安>があるのであれば
<それが現実になる前に>ぜひ貯金をしておいてください。

  • 来月の家賃払えるかな?
  • 水道はどのくらい払わないと止まるのだろうか?

そういったことを考え始めるようになると
「あ~あ、もう少しなんとかなったかもな~」という後悔と同時に
「まあ、しょうがないよな~」という、完全な無気力が襲ってきます。

正常な判断というのは、なかなか難しくなるのです。

そうなったら、かなり厳しい状態です。

何しろ、僕は今、を失おうとしています。

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