「人付き合い」や「会話」が苦手・嫌い・疲れる・恥ずかしい~「コミュ障」を簡単に治す方法~

「人とうまく付き合うことができない」ということは、
<分かる人には分かる>けど、<分からない人は理解ができない>という
「普通にできる」に人に対して、説明が難しい性質の1つです。

「コミュニケーション」という言葉は、<人と人との戯れ・触れ合い>という動詞として
またその様子を現わす名詞としても、「何となく理解されている概念」です。

非常に抽象的・概念的な使われ方をしている言葉であり
それがどういったものか改めて説明することは、簡単そうで難しいものでもあります。

ちなみに、英語である「communication」という単語の本来の意味は

  • 名詞・・・「伝達(報道)」
  • 動詞・・・「伝える」

というような、やや堅苦しいものらしいですが
日本においては単なる<おしゃべり>的な使われ方が見られます。

また基本的には<仲良くする>という方向の触れ合いを指すものであり
<喧嘩>をコミュニケーションと考えることは、あまりありません。
(人によっては、喧嘩もコミュニケーションだと考えますが
結果的にマイナスな事態になることを、指すことはありません。)

「友好的な振る舞い」という意味で使われていることが多く、
仲良くするための手段であり、また目的でもあるものでもあります。

こうしてネチネチと考えてみると、本来の意味が分かってくるものです・・・

そして、この「コミュニケーションをとるための手段」
うまくできない人・苦手な人を指す言葉として、
「コミュ障」という言葉が、日に日に使われる頻度を増しています。

いつの間にか一般的な言葉になっていた、という典型的なものであり
おそらく、30歳以下であれば、通じる人は多いと思われる言葉です。

ただしこのコミュ障という言葉は、自虐的な使い方をする人や
また「全然大したことない症状」を、さも弱点のように言う人も増えてきており
憤りを覚えている、「ホンモノのコミュ障」の方は少なくないのではないでしょうか?

半ばギャグのような使われ方をされている様子が目立ちますが、
「コミュ障ってレベルじゃない」と、本気で悩んでいる場合は深刻なはずです。

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歪んだ「自意識」が影響している

「恥ずかしがり屋」という存在は、生まれながらの「気質」とも言えるものであり
それもその人の特徴であり、極端なケースも考えられます。

また「自分に自信がない」ことから、人とうまく付き合えないこと
相手に馬鹿にされることを恐れて、人付き合いを避ける人もいるはずです。

しかしながら、「ものすごい恥ずかしがり」や「卑屈さ」と
病的な症状というのは、一線を画すものと言えます。

単なるコミュ障では収まらず、「人混みで気を失う」といった
深刻な症状が見られる場合には、「パニック障害」といった神経症も疑われます。

ここでは、人とのコミュニケーションが極端に苦手なケースを考えていきますが
それには言うまでもなく、「自意識」が関わっており
人とうまく触れ合えないことは、自意識過剰が影響していると考えられます。

  • 不細工
  • 吃音(どもり)

といった、単純なことから

  • いじめの経験
  • 虐待

といった、過去のトラウマ等が影響していることも多く

  • 馬鹿にされるかもしれない
  • 恥をかくかもしれない
  • 馬鹿にされたくない
  • 恥をかきたくない

こういったものは、歪んだ自意識に他なりません。

そもそも、人前に立つ・人前で喋る際に緊張してしまうことは <当たり前のこと>であり、本来であれば全く問題のないことです。 しかしなが...

不利であることに違いない

元来、人と付き合う好きではない「あえてのコミュ障」もいるかもしれませんが
コミュ障という自分の性質に、悩んでいる人は多いはずです。

「本当は、ウェーイってしたい」と、そこまでいかなくとも
なんとか人並に人と付き合うことができれば、と考えることはあるはずです。

人付き合いが嫌いな人、コミュ障に悩んでいる人
いずれのケースであっても、「不利」であることには違いありません。

治せるなら治した方が、これから先楽しいことが起こる可能性は高いと言えます。

「コミュ障」の現実的な治し方

ここでは1つの例として、それほど「まんざらでもない」はずの
現実的なコミュ障の治し方を紹介します。

元来人間が嫌いな自分も、「リハビリ」として実践している方法です。

けっこう楽しいです。

「自分」を大切にするのをやめる

繰り返しになりますが、コミュ障の原因というのは
自意識過剰による、過剰な羞恥心であることがほとんどのはずです。

自信がないだけ・・・という人も、立派な自意識過剰です。

他人の自信なんか、気にしている人は意外と少ないものです。

「自分がかわいい」からこそ、自分が傷つくことを避けているのです。

一方で、人間が嫌いな人の中には<自分が嫌い>な人もいるはずです。

「生まれ変われるなら、生まれ変わりたい」と。

しかしながら、それも自意識過剰です。

誰も他人のウィークポイントなんか、気にしていないですし
一番気にしているのは、他でもない自分です。

そういった人こそ、たとえ偽物でもいいから
「別の人生」を、作ってみることをぜひおすすめします。

「本当の自分」みたいなものは、一度おいておきます。

それだけでも楽になるはずであり、本当の自分とは別の
全く違う人間として、振舞う機会を作ってみて欲しいと思います。



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「別人(本来の自分とは異なる人格)」を作ってみる

「人は誰もがその人を演じている」という格言のようなものを
耳にしたことがある人は、少なくないはずです。

なんとなく、「こういう人間」という振る舞いをしながら生きているはずです。

また、そういった大げさなものでなくても

  • 上司の前と同僚の前
  • 気になる異性の前とそうでない異性の前

シチュエーションごとに、人格を変えることは異常なことでもなんでもなく
当たり前のことであり、だからこそ「緊張」といった感覚があります。

コミュ障の人こそ、そういった「振る舞い方」を人一倍気にするはずです。

そしてこれは、コミュ障になってしまう理由でもあります。

だからこそ、「おちゃらけている人格」といったものを作り
「人の目を気にしなくい人間」として振舞うことが楽なのです。

「羞恥心のない人間」になってみる

具体的には、

  • 知らない街のスナックでカラオケを歌う
  • 知らない駅で延々とけん玉をする

といった、「自分を知らない不特定多数の人」の前で
何らかの「おちゃらけた行為」をしてみましょう。

「犯罪行為」や、「本当に人が嫌がること」といったことをしなければいいのです。

「ピエロ」は、けっこう癖になります。

ポイントとしては、

  • 過去の自分を知らない人と付き合う
  • なるべく日常的に会わない人と触れ合う
  • 徐々にエスカレートさせる
  • 二度と会わないのもあり

絶対条件としては、「普段のコミュ障の自分を知らない人」
ゼロから関係性を作ること、会っている間は「ふざけた人間」として全うすることです。

「知らない街の知らない酒場ではしゃぐ」といった、簡単なことから始めてみましょう。

極端な例として、「SMクラブに通う大企業の幹部」といった話もあり
日常の自分を捨て去る行為が、いかに快感であるか分かります。

  • 羞恥心を捨てた振る舞い
  • ストレスの発散

このセットというのは、コミュ障の克服に非常に効果的と言えます。

人格は何個もあってもいい

そして、この「本来の自分ではない自分」というのは
そのパターン(人格)が、いくつあってもいいものです。

日常的な、ちょっとした振る舞いに変化を付けること
「人格の使い分け」がスムーズにできないことも、コミュ障の特徴と言えます。

そのため、様々なパターンの人格を持っておくことで
日常の中で態度を変える練習にもなるはずです。

「そんなことで、コミュ障が治るの?」

「そんな、馬鹿げことできない」

そう考える人は、非常にもったいないです。

騙されたと思って、ぜひ一度挑戦してみて欲しいと思います。

けっこう簡単で、面白いですよ。

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